
3月31日から6月7日まで、東京国立近代美術館、MoMATで開催されている映像芸術展「ヴィデオを待ちながら――映像、60年代から今日へ」。
60~70年代を中心に展示された映像の1つに、ろうそくから引火した油が炎上し、そこから燃えさかる火の玉に引火し、タイヤにくくりつけられた棒に引火し……という、「危険すぎるピタゴラスイッチ」のような作品があった。
ビデオ全編は30分とかなり長いので会場で見てもらうとして、まずは4分間のダイジェスト版からどうぞ。
映像はピーター・フィシュリ&デヴィッド・ヴァイスの「事の次第 / The Way Things Go」、1986年の作品だ。去年の横浜トリエンナーレ2008では、宮殿のような室内にパンダとクマが死体のように浮かぶ、キュートでホラーなインスタレーションを出展していた。
今回の作品のように、ぼくたちが「機能」として眺めるモノが人の手から離れて動くと、そこにはまったく別の時間、次元が生じているように感じられる。それは「映像」そのものが、ぼくたちとはまったく無関係な時間に存在していることのあらわれでもある。
写メールやウェブカメラの存在で、もはや当たり前になった「自分撮り」。ぼくたちは相互ビデオ化、YouTube化する現代を生き続けている。そこに存在する時間は、ニコニコ動画のコメントでも分かるとおり「どこにもない時間」、ユートピアのような時間だ。
「鑑賞者であり、撮影者でもある」という分裂した人格が、無時間的にネットワークを形成して新たな視覚を獲得している現在。
自分という軸を時間・場所のいずれでもブレさせないためにも、もう一度ビデオアートから「映像」を眺めなおしてみるのはいかが。






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