
マリーナ・アブラモヴィッチ / 「夢の家」
いよいよ明後日が最終日となった「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭2009」。4回に渡って続けてきたレポートもこれでいよいよ最終回。廃校となった学校や、空き家になった古民家を舞台に作られた作品を紹介していこう。

マリーナ・アブラモヴィッチ / 「夢の家」
はじめは冒頭にも写真を載せた、色ガラスを窓に入れた古民家。フィルターをかけたわけでも、レタッチをかけたわけでもありません。赤、青、緑、紫とそれぞれのカラーに染まった部屋に分かれたこの家は宿泊施設になっている。部屋の真ん中に置かれた棺桶で眠って夢を見る、その体験そのものが作品になるというもの。

マリーナ・アブラモヴィッチ / 「夢の家」
そこで見た夢を記録するノートも置かれ、自由に閲覧できるようになっている。夢は自分でも他人の記憶を覗き込んでいるような不思議なもの。「サザエさんの夢。波平の様子がおかしく、タラとイクラに『本気でフネのことを愛しているんだ』と告白する」など、ていねいに記録された夢を読んでいくのはおかしく、どこか果てしない気分になる。

蓬平 / 「いけばなの家」
つづいては、家中にいくつもの作品をちりばめた「いけばなの家」。ここではとりわけ目立った作品だけを紹介するが、本当はもっともっと美しい作品があるのでじっくり見てまわってほしい。

蓬平 / 「いけばなの家」
まず外観を見て、「生け花」が民家から張り出しているのに口が半開きになる。急なカーブを描いてしなる竹が力強く、アンテナのように伸びている様にちょっと笑ってしまった。

蓬平 / 「いけばなの家」
光と影の穏やかなコントラストを生かした作りの室内、しんとした空気に背筋がぞくぞくする。ここで作られた作品のテーマは「協同」。ふつうは個の世界で作られる生け花が、だれかとのコミュニケーションを核に変化していく。

蓬平 / 「いけばなの家」
外にも飛び出していたしなりのある竹。節できゅっとむすばれた赤い布のこぶが、青竹の表面にちいさな影を落とす。生命の動きをそのまま「生けた」ような、いまにもすぽーんと飛び出していってしまいそうな、それでいて静かな作品。ぼくはこれが一番好きだった。

アントニー・ゴームリー / 「もうひとつの特異点」
前編で紹介した「家の記憶」と同じく、家の中をことごとく線で切り分けた作品。家の記憶が毛糸で出来ていて、触れること、縒れば着られるあたたかなものを素材にしていたのに対して、こちらはワイヤー。それも壁や家具など、人の息づかいが感じられるすべては取り払われた、骨組みだけの空間だ。そのぶん神聖でさえある、無機質なぴんと張り詰めた空気に胸が緊張する。特異点(シンギュラリティ)とは宇宙のはじまりのこと。むきだしの黒い家に浮かぶワイヤーは、星座を結んだ線のように敬虔に美しい。

クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン / 「最後の教室」
電球や蛍光灯を中心に、「本当ならそこに人がいた」ことをあらわす作品が並んだ廃校の校舎。写真はガラスケースのベッドに、蛍光灯のまくらが並んだもの。蝉の抜け殻みたいに魂の入れものがしらじら光っているような気がする。裸電球の下がった廊下を歩いていると、自分自身を見つめなおす本当の「内省」が出来るような気がする。

松澤有子 / 「enishi」
最後は、廃校になった赤倉小学校に残った脚立や一輪車をまちばりで覆った作品。大きなくもの巣がきらきらと輝き、まち針の頭が露のように光る。まち針をテグスに通す作業は地元の人々と一緒におこなったもの。enishi、縁とは永遠のものだけれど、それを感じられるのは本当に一瞬のこと。主のいないくもの巣は、廃校の残された記憶の抜け殻のように、切なくて、あたたかくて、涙がにじむほど美しい。
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