
長文だしあまりワクテカする内容ではないけど、とにかくまとめておかなければ気が済まなかったので掲載することにした。インターネットの特性や「アメリカ的なやりかた」の良いところ、悪いところがあまりにもそのまま現れたのが今回の「事件」だ。
新しいことは善悪よりもまず感情的にも論理的にも「意味不明」感が強くあるので、その辺りをしゃっきりさせておきたい。「そもそもGoogleブック検索とは何なのか」から、Googleブック訴訟に関する歴史と「何が問題なのか」を基本からまとめた。
約700万冊の書籍全文を検索できるサービス「Googleブック検索」。
2004年10月に「GooglePrint」として開始し、現在日本を含む約70ヵ国で利用されている。
2005年11月には「GoogleBookSearch」として改めてサービスを開始。
同年はYahoo!が同様のサービス「OpenContentAlliance」を米国内で開始し、またamazonが日本で「なか見!検索」を開始。
2年後の2007年には日本国内で「Googleブック検索」ベータ版を開始した。
書籍本文の中で表示可能な範囲は「全文」「一部ページ」「抜粋(スニペット)」の3種類。閲覧するページは「パートナー」として契約を結んだ出版社が決定する。日本国内でも多くの出版社が「パートナー」として契約を結んでいる。
また、図書館および大学の蔵書についてもデータベース化し、フェアユース(公正利用)として書籍データを掲載する「Print Libraryプロジェクト(図書館プロジェクト)」も同時に運営していた。こちらが今回のポイントである。
2. Googleブック事件とは何だったのか
サービスインの翌年、2005年に作家団体「AuthorsGuild」と米出版者協会(AAP)が当時の「Print Libraryプロジェクト(図書館プロジェクト)」を提訴。内容は「許可なく(図書館から提供された)書籍をデジタル化し配布するのは大規模な著作権侵害(massive copyright infringement)」というものだった。
裁判そのものは2008年10月に「和解」という形で決着。作家団体、出版社協会の2団体に対して総額1億2500万ドルを支払うことになった。その補償額は非営利団体「Book Rights Registry」の運営費として経常されている。その後に起きたのが今回の「事件」だ。
2009年2月24日にGoogleが発表したところでは、「和解」に基づき、2009年1月5日よりも前に出版された世界中の書籍を「無断でスキャンします」という。無断スキャンの和解に同意すれば、書籍データの販売や、ページへの広告表示で得られた利益の63%を著作者にキックバックすることで「補償する」という仕組みだ。そこを担当するのがBook Rights Registry(版権レジストリ)だ。
たとえば絶版している書籍を販売して10万円の収益があったら、6万3000円が著者に戻ってくる。これまで出版社が(書籍として)「復刊」していた仕組みをインターネットベースで再現しているイメージだ。
出版社が経営事情などから「絶版を出しやすく」、読者が小部数流通のいわゆるロングテールコンテンツに「アクセスしづらい」状況となっていたことを考えると、画期的な解決策とも言えるだろう。
3. Googleブック事件の「問題」とは何か
確かに画期的な解決策だが、問題は2つある。
1) 権利者に対して「無断使用」が通知されないこと
「無断で掲載される」ことが不満だという申し立ては権利者側がする必要がある。「Googleストリートビュー」時と同様に「知らなければそのまま」で、今回の場合は特に、サービスそのものが米国内に限定されているために権利者側でも使用に気づきづらい。
また、この仕組み(和解)に納得できないという場合は「和解からの除外」手続きを2009年5月5日までに済ます必要がある。ただしその場合、Google側が「今後」フェアユース(公正利用)としてデータをアップすることに対しては申し立てが出来なくなる。「不服であれば和解を承諾し、そのつどオフィシャルに書籍データを削除する」という逆説的な手続きが必要になる。
2) 日本の書籍が米国内で「絶版しているか」をGoogle側が判断すること
和解文によれば「ある書籍が市販されていないという場合には一般にそれは絶版であることを意味します」という。この定義によって図書館から提供された書籍データを「絶版」か「刊行中」か区分している。
「絶版」している書籍で権利がなくなっているのであれば「公共利用」が可能だ。「刊行中」の書籍であればもちろん権利は出版社と著作者が持っているはずなのだが、無断でスキャンしたものに関してはフェアユースの条件に基づき「補償の対象」とすることでアップロードされる。
現時点で、日本国内でまだ流通している書籍に関しても「全文が掲載されてデータ販売される」ことがある。もちろん日本の読者はオフィシャルにデータを購入したり閲覧することはできないが、米国内ではデータベース化が進んでいくことになる。
これによって日本国内の流通に影響が出てくることは確かだろう。「フェアユース」として「勝手スキャン」されたものに対して、出版社または権利者が同サービスのユーザーとして申し立てをしなければ「全文立ち読みを承諾」することになる。
4. 有識者や日本の著作権団体はどう反応しているのか
日本の作家など役4800人を会員に持つ日本文藝家協会は2日、「和解の趣旨に沿い、参加するかどうかの意思表示手続きを代行」すると表明。代行する「手続き」をどう説明するか、「どうやって大量の手続きを済ませるか」が難点になりそうだ。
また、有識者は今回の事件について下記のようなコメントを寄せている。
「必要な法整備ももちろん大切だろうが、それ以前に権利者が魅力を感じて悩むほどのビジネス提案を日本のネット事業者はできるだろうか。他方、Googleにも、日本の作家や出版社に向けてもっとわかりやすい説明が求められる」
(弁護士・福井健策氏、同氏ブログより)
「出版業界は基本的にほかのコンテンツ産業と違って慣例的に著者(クリエイター)から権利を召し上げることをしない(最近は多少変わってきた)。だからGoogleブック検索に対して出版社が何か言うことは難しい。日本文藝家協会が文句を言って、書協と雑協が文句を言わないのには理由がある」
(ジャーナリスト・津田大介氏 Twitterより)
「絶版になった過去の資産を誰かが売ってくれて、幾ばくかのお金になるのならば、いいことではないか。僕のような零細文筆家にとっては、物販としての本が売れないのであれば、文章を販売してくれる新しいビジネスの出現は歓迎だ」
(ジャーナリスト・小寺信良氏 ASCII.jp内 「コデラノブログ」より)
5. 「答え」は良くても、「答え方」が強引すぎる
出版社目線ではどうか分からないが、編集者目線でこの強引なやり方はあまり好きになれない。自分が手塩にかけて編集した書籍がスキャン&アップロードされるというのは、自分のようなアナログ頭だと「Winnyでの流通を認めるようなもの」という感覚に近い。YouTubeのような来たるべきコンテンツ流通の収益構造として頭では理解していても、やはり抵抗感がある。
いくら補償金があるとは言え、もちろん編集者は書店で読者を見つけることを目的に書籍を作っている。それを「今後はデジタルでも流通させます、ご質問は5月5日まで」などいきなり時限付きで宣言されると面食らう。書籍は何と言っても質量を持って運搬される「モノ」であり、さらに音楽や映画などよりなお当たりが小さい。
手を出さないうちからデジタルで収益が上がるのは嬉しいかもしれないが、それによってアナログで余剰在庫が発生するのであれば本末転倒だ。「画期的」なことに違いはないが、能動的にテストケースを試させてくれるという段階もなく、いきなり体当たりで本番というのはやりすぎだと個人的には憤っている。






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